→ソース(Yahoo!JAPAN広告特別企画:月刊チャージャー)
歌舞伎町で働いてるといろんなヤツと知り合うんです。当時はいっぱいいた「フーテン」系の人や、家出してきて泊まる所がない人とかね。そんな人が僕の3畳の部屋に転がり込んでくる。パチンコ屋で働いてたり夜勤の人がいたり。ひとつの布団に交替で寝て、一番多い時は10人近くが僕の部屋を住みかにしてました(笑)。一度、関西から来たヤクザ崩れのヤツに「かくまってくれ」って頼まれて泊めてやったら、翌朝、なけなしの僕のお金を持ち逃げされて、それから徐々に泊める人間を減らしましたね。(「死ぬまでに、納得できる漫画をひとつ描きたいな」古川益蔵インタビュー 構成/寄本好則(三軒茶屋ファクトリー) Webマガジン月刊チャージャー8月号テーマ3より引用)
3ページ目を見るとわかるんですが、上場のころから彼は構想を持っていましたが(挫折中)、いまだ新宿にマニアの殿堂的な大規模ビルを建てることを目標にしているぽいですね。実際のところかつてサブナード脇、モア街にあった新宿店は撤退しているというのになぁ。上のエピソードを見ると、やっぱり彼の人格形成に新宿、歌舞伎町は大きなものがあったのかもしれません。歌舞伎町るねっさんすの一環でどっかのビルを充ててはどうですかね。歌舞伎町こそ日本における「アジア観光地」のメッカだと思うんだけどなぁ。変人といわれたり、まんだらけTVで初期からブロードバンドに力を入れてたり、天変地異を予告したり(外れた)、さくら出版倒産原稿流出事件とか、2ちゃんで言われているいろいろな疑惑とか、なにかと話題のある古川さんですが、いまだ同人誌みたいな自費出版本を作ったり、ある意味では純粋な人なのかもしれませんね。
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