ブリヂストン・毎日新聞が新宿三丁目駅で電子ペーパーの実証実験

ソース(ソリトン) (レスポンス) (J-cast) (日経トレンディネット) 凸版とか大日本とかじゃなく、ブリヂストンが開発したものなのがびっくりです。見流してしまいがちですが、来年3月までやってる予定なので、興味ある方は一度見てみるといいのではないでしょうか。

(拾い漏れ)8月6日に強盗 大久保2のショップ99「金を出してくれる?」「1000円札もくれる?」「どうもありがとう」

ソース(産経) 6日午前2時25分ごろ、新宿区大久保のコンビニエンスストア「ショップ99大久保2丁目店」に男が押し入り、レジのアルバイト店員(24)にナイフを突きつけ「金を出してくれる?」と脅した。店員が1万円札10枚を差し出したが、男は「1000円札もくれる?」とさらに要求し、総額16万円を奪うと、「ありがとう」と言い残して逃走した。当時客ら約7人がいたが、けがはなかった。警視庁新宿署は強盗事件として男の行方を追っている。 40-50歳で短髪だったとのこと。この後の続報とか知る範囲で見つからないんですが、どうなったのかなぁ…TBSの既に消えたソースのほうでは「どうもありがとう」と言われていたということです。

西戸山タワーホームズ20周年写真展(百人町の西戸山タワーホームズC棟1F集会室)が2008/8/31まで

→ソース(東京) 西戸山タワーホウムズは一九八八(昭和六十三)年、国有地だった公務員宿舎の跡地を民間が買い取り、二十五階建てマンション三棟のほか、劇場や広場とともに建設された。 当時は、都内に超高層マンションがなかった時代。中曽根民活の第一号住宅として話題を呼び、JR新大久保や高田馬場駅へも徒歩圏内という立地条件の良さや、周辺に緑豊かな敷地がある中で価格も割安だったため人気が沸騰した。 投資目的の購入を防ぐため十年間の転売、転貸を禁止する条件が付いたほどだったが、五百七十六戸の募集に対し約二万五千人が応募、平均競争率は約四十四倍に上った。 写真展は、自治会副会長の宇都宮亨さんが、入居二十年の記念行事として、住民のアマチュアカメラマン日比恒明さんに呼び掛けて実現した。(ソース記事部分引用) 実質的にきょうまでですが観れる方はどうでしょうか。タワーホームズがわからない方は「グローブ座」(現在はジャニーズ事務所の公演が中心)がある場所といえばわかるかな。馬場と大久保の間です。

ヨン様の誕生日に伊勢丹地下では「高矢禮(ゴシレ)白菜キムチ」が完売

ソース(innolife) 300個限定販売がすぐ完売。韓国農協インターナショナルのプロモーションとしてはいいでしょうね。さすがに沈静化しているとはいえ、伊勢丹のメイン層とは合致してるんだろうなぁ。 記事末尾には9/4の発売にさきがけ8/29-31まで、1日300個で同様の販売がされているということなので、並ぶ気が有ればきょうも買えなくもないですね。

「英語で新宿二丁目を紹介する本」を紹介するサイゾー

→ソース(日刊サイゾー)  「『There’s no garbage to be dumped in Ni-chome(二丁目に捨てるゴミなし)』……どんな男でも、二丁目なら需要があるわよ!」(サイゾーソース記事より) とのことですが、サイゾー編集部の言うとおり「これは一体誰に向けて作られたのか?」は正論。別の紹介記事(Allabout/同性愛)(ゲートあり)はこちら。 英語で新宿二丁目を紹介する本 森村 明生   (Amazon)

マクドナルドは年齢不問求人あり、シニアクルー68歳がスバルビルで頑張ってます

→ソース(朝日東京版) マックというと若年層のイメージが強いですが、新宿のマクドナルドでも、頑張ってるシニアの人がいます。 「年齢不問」。6年前、新聞に折り込まれていた求人広告のチラシに、片山さんの目がとまった。別のバイトをしていたが空いた時間を有効に使いたいと、新しいバイト先を探していた。 ほとんどの求人に年齢制限がある中、「年齢不問」は魅力的だったが、マクドナルドのハンバーガーは食べたことがない。店にも入ったことがない。「どんな所なのだろう。若い人が仲間に入れてくれるかしら」 少し悩み、思い切って新宿駅西口に近い店を面接で訪ねた。しかし赤や黄色のカラフルな店の前に来ると、「やっぱり無理」。店に入らず引き返した。 家に戻って後悔した。「面接もしないで帰るとは」。改めて電話して再度訪問。はきはきとした口調と丁寧な言葉遣いに、すぐに採用が決まった。(ソース部分引用・前後略) マクドナルドでの店舗労働者の2.5%、3500人が60歳以上。80代の人もいるとか。へー。確かに、バックヤードでてきぱきと動ける人ならありでしょうね。平日の日中にスバルビル店に行く人は、片山さんに温かい視線を送ってください。ポテト残さないように。

大久保に新店「生マッコリ家」

→ソース(朝日) 韓国料理店を営みつつ日本で酒造免許を取得した韓吉洙(ハン・キルス)社長が、「ソウル酒造」という生マッコルリ製造、販売の会社を設立。そのアンテナショップとして飲食店も同時にオープンさせた格好だ。店のすぐ裏が醸造場になっているため、まさに工場直送、出来たての生マッコルリを味わうことができる。(ソース記事より) ほう。まるで出来たてのどぶろくのように味わえそうですね。大久保近辺で売ってる店があったら買ってみようかな。早くHPつくって欲しいですね。

歌舞伎町火災・放火犯特定されないまま7年…事件風化恐れ現場で防火ビラ配布

→ソース(読売) 火災は2001年9月1日未明、歌舞伎町の雑居ビルのエレベーターホール付近で出火、3、4階の飲食店などの客や従業員44人が死亡した。東京地裁は今年7月2日、放火の可能性を指摘する一方、防火戸が正常に閉鎖していれば死は避けられたと認定し、所有者ら5人に有罪判決を言い渡し確定した。 遺族たちは毎年の命日には現場に足を運び、花束や千羽鶴を供え、冥福(めいふく)を祈ってきた。しかし、裁判が終結し、放火犯が特定されないまま事件が風化するという危機感が募った。 そこで、長女(当時23歳)を失った栃木県足利市の中村スイ子さん(60)や、長女(同26歳)と二女(同22歳)を亡くした東京都内在住の母親(56)らが今月19日、当時の消火活動のお礼に初めて新宿消防署を訪れた際、ビラ配りの計画を話した。協力を買って出た署員は、遺族が用意した手書き原稿をもとに、当時の現場写真入りのカラー刷りのビラを仕上げた。 「ビルのオーナーさん、お店の経営者さんへ/44名の命を無駄にしないでください!/残された者の苦しみ、つらさを覚えておいてください!/ビルの防火対策を徹底してください!」 ビラには、再発防止を願う気持ちがつづられている。(前後略・部分引用 読売ソース記事) 当日7-8人の遺族が集まるとのことですが、あの惨事からまだ7年なんですねぇ。歌舞伎町火災の現場は僕も一報を聞いた後はその場に居合わせたんですが、もう遠い昔のようになってしまっています(ビルが解体されたことがそうい印象づけられる理由ではあります)。裏側のビルも閉鎖されていますし、いつか現状の空き地も大規模再開発をされてしまうのかもしれませんが、そうなったときには献花もできづらくなるし。ほんとは街が慰霊碑くらいは建てるべきなんだよね。それが防火意識につながるもんだと思いますよ。