東京農大教授が新説「新宿御苑は中央線を走る電車を借景としてデザインされたもの」

この記事は11年以上前の記事です。情報が古い場合がありますのでお気を付け下さい。
◆おすすめ書籍◆
【PR】

ソース(東京)

新宿御苑の設計図は戦災で焼失したというが、鈴木教授らは他の文献資料から開苑当時の土地利用図を作成。図によると、公園の南端にある西洋庭園の南を線路が走り、さらに線路を挟んで南側まで敷地が続く。公園が線路を取り込んだ形だ。
 鉄道総合技術研究所(東京都国分寺市)によると、当時の鉄道は一八九四年に新宿-牛込が開通した甲武鉄道。現場付近は一九〇四年に電化された。当時の苑内からは、蒸気機関車や最新の電車が行き交う姿が見えたとみられる。現在は線路と接する場所は樹木が生い茂り、木々の間から電車が少し見えるだけ。鉄道は公園と切り離された形になっている。(ソース部分引用、前後省略)

公園の設計技法の問題なんでしょうけど、まぁ今もかなり優秀な公園ではあると思われる新宿御苑ですが、昔はもっと公園自体の要素に娯楽性が高かったのかもしれません。今は御苑100年で、当時の担当者・福羽逸人(ふくばはやと)の本などが出ていますが、皇室庭園から、現在の庭園と移行するための改修の設計者はフランス造園界の人、アンリ・マルチネだとは知りませんでしたね。
なるほどねぇ、日本人じゃああいう公園にはなりませんよね。



↑他の新宿情報ブログも見てみよう