2008/12/31で新宿コマ劇場が終了、写真撮る人多数

この記事は8年以上前の記事です。情報が古い場合がありますのでお気を付け下さい。
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ソース(MSN産経)  (共同) (J-CAST) (朝日)

残り1日、30日も別れを惜しみ、記念撮影するファンは絶えなかった。(産経)

コマ劇場の再開発を進める東宝によると、建物は現テナントの撤退が完了した後、取り壊す。跡地利用は検討中だが、ギャンブル施設や、周辺で競争が激しい映画館にはしない方針だ。(共同)

このへんとかは前から言われてる通りで各社通り一遍のことを書いてますね。きょう4時からの年忘れにっぽんの歌(関係者のみ招待制)はテレビ東京で見れるので、テレビでお別れをするあるいは現地の外でワンセグで見るくらいしかないわけですが。

さて、J-castでは先だって放映された新宿コマ特集番組を批評していますが

(「さよなら新宿コマ劇場~涙と笑いの50年」(NHK) 2008年12月22日 19時半~)NHKならではの美空ひばりの秘蔵映像などは放送されたが、島倉千代子、森昌子、小林幸子らがこもごも語るコマ劇場登場時の思い出話と、38回もここで座長公演をやった北島三郎の最後の公演密着以外は、氷川きよしや川中美幸、八代亜紀らのアーカイブ映像がほとんど。少なくとも芸能界や大衆の社会的文化的変質により、閉鎖に追い込まれざるを得なかった背景の分析と考察は、負の部分も含めてもっときっちりやるべきだった。
   まして、昔の歌舞伎町は大学生がコンパ流れで喫茶店で夜明かしをしても何も起こらないほど安全だったが、今や若い女性がホストクラブの客引きに執拗に付け回されるのがニュースになるほど物騒な街である。わが家の庭みたいに遊んでいた筆者も近頃は怖くて余り寄り付かない。行きつけだった喫茶店も消えてしまったし。(J-cast、黄蘭)

いや、いまのほうが全盛期に比べて圧倒的に安全なんですけど…作家の方が行かれていた時代はともかくとしてその後のほうが荒れてて、粛清されたんですってば。庭の行方くらい見ていたいただきたい。朝日は今後の計画に関する話。

31日に52年の歴史に幕を閉じる新宿区歌舞伎町のシンボル「新宿コマ劇場」。この跡地の行方をめぐり、関係者が気をもんでいる。隣接する新宿東宝会館と一体化して東宝(本社・千代田区)が開発するが、計画は未定。内容次第では付近の再開発も影響を受ける。25日、地元の歌舞伎町商店街振興組合は東宝に「街のシンボルとなる施設建設を」と要望書を提出した。(星野哲)跡地は約5400平方メートル。解体に1年、建築には3年かかるとみられており、4年間は街の中心がポッカリと空く。同組合は「跡地には劇場、多目的ホールなどを検討してほしい。工事期間中は周囲が暗くならないように」などと要望した。

「コマ劇場があってこその歌舞伎町だった。これからも東宝には核となって、一緒に街づくりをしていただきたい」と同組合事務局長の城克さんは言う。(朝日)

以上、ソース記事部分引用,

以下、朝日の続きを要約一部改変して箇条書き

・ミラノなどとの一体開発は頓挫、東宝は単独開発を発表

・区は広場にオープンカフェを開くことを決めた

・ミラノは東宝が建てる内容によって方向性を変えざるを得ないので様子を見たいと広報課。

動画も出ている。

ソース(FNN・動画あり)

FNNでは川中美幸さんと、他の新聞にも出ている元カメラ店のリサイクルショップの五十嵐さんに取材。

川中さんは1987年美空ひばりの病気降板の際抜擢、座長をつとめ上げ11万人を動員した。

五十嵐さんは「いっぱい思い出がここのお店にあるから、もう離れたくないけど、しかたのないっていう気持ちでね、そりゃ出たくないですよ」と話した。
人生そのものが詰まっているという6坪の小さな店との別れ。
五十嵐さんは「(コマ劇場とは?)宝物だね。わたしの心の中の歌舞伎町のコマ劇場は宝物。死ぬまで愛して死ぬね」と話した。(FNN)

一方、不安視をするのはソース(東京新聞)

劇場などが解体された後の跡地面積は約五千四百平方メートルで、解体に一年間、新たな建物の建設に三-四年を要すとされている。(略)東宝は今年五月「コマ閉鎖」を発表したが、その後、経済情勢が急激に悪化したこともあり、再開発の具体的な計画は明らかにしていない。地元からは「どうなるのか」という期待と不安が入り交じった声が聞かれる。(略)再開発計画について東宝は「現在は白紙だが、パチンコなどのギャンブル系は入れない。経済動向も見据えて進めたい」とする。 ただ、最短で四年間は、歌舞伎町の中心部にポッカリ穴があくことになり、地元では特に夜間の防犯面への不安も広がっている。(略)新宿区が中心となる街づくり組織「歌舞伎町タウン・マネージメント」も、コマ劇場前の「シネシティ広場」に企業広告の募集を開始するなど、にぎわいづくりを進めている。(東京)

この不況下で広告募集かー。大手代理店絡めないと全埋めは無理じゃないのかな。だいたい歌舞伎町の入り口のビル上部の看板でさえ歯抜けになってるというのに。

ソース(オリコンスタイル)

同劇場が開館したのは1956年(昭和31年)12月。コマのように回りながら約8mをせり上がる三重の円形舞台が特徴的で、この舞台形状は同館名称の由来にでもある。ミュージカルやコンサートなど華やかな演目を行う同劇場の存在は、周辺の映画館やボウリング場などと共に、歌舞伎町を“娯楽の街”に成長させた。(略)この日も「コマ劇場で聴く演歌は特別。今日のチケットを持っていないけど、もしかしたら余り券があるかもしれないと思って来てみた」という58歳女性をはじめ、会場の当日券売り場には問い合わせに訪れる人もいた。(オリコンスタイル)

最後を貸切にきめたのは誰なんだろう。大御所は出るだろうけど、ほんと顧客本位じゃないよなー。



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