緊急情報。青山ブックセンター全店急遽閉店

追加写真:7月18日時点の青山BC新宿ルミネ2店跡地。(7/18更新)
http://www.shinbunka.co.jp/
青山ブックセンターが本日倒産し、午後5時で六本木・青山店が閉鎖となった。
他店も営業終了次第、閉店となる。新宿にはルミネ1とルミネ2にお店があるが、すべて7月16日23時で営業終了。あと1時間半ほどだが、あそこにしかない本も多々あるので思い出のある方は走ってみてください。
(追記;閉店済み)
現在写真特派員が向かっているので、閉店後に思い出の写真をupすることができるかと思います(追記:まだくれません。頼みがい無し)
なお六本木店閉鎖後の寂しい写真は上のサイトに写真あり。 直リンク
お洒落な本屋さんはダメなのかもしれないし、いよいよ本はコンビニで売らないといけないのかもしれない。
新宿の本屋といえば、歌舞伎町・はつもみじの左の尾張屋書店もなくなっちゃったしなぁ(現在は寿司屋?)。
(7/21追記:尾張屋のおやじのインタビューを発見。)
(追記:7/18、新宿ルミネ2の青山BC跡地に行ってきました。本部連絡先が書いてあるのでまだ本部自体は誰かしらいるのでしょう。テナントの奥からバスケットボールを突いている音がしてきました。工事関係の人なんだろうけど、真面目にやってほしいなぁ。)
超追記:7/25本文一番上の「新文化」のリンクによると、新宿店の跡地はブックファーストが出店するそうです。個人的にはジュンクあたりに後をついでほしかったなぁ。

アントアクアリウム

 朝おきぬけに目覚まし代わりに散歩。小滝橋通り往復。
 途中小滝橋通りのローソン百人町なんとか店に寄ると、「アントアクアリウム」が出版社発売で売っていた。
 アントアクアリウムといえばライブドア掘江社長がテレビ(アッコにおまかせ?)で宣伝したライブドアデパートでも売ってる商品だが、タイムリーにも宝島社が書籍ルートでリリース。
 ……こうやってネットの売れ筋が普通にコンビニで売ってるとネット販売の優位性が揺らぐ訳で、たかが1商品のサンプルではあるが、巨大ポータルを目指すといつかは販売においてCVS(コンビニエンスストア)との融合か、逆に売れ筋のネット独占販売が課題になっていくのだろうと思った。
 CVSとの融合は、Yahoo!が果たしており、郵便局との間に伊藤忠がかんでファミマで「Yahoo!ゆうパック」をしてるのは周知の通り。また、書籍問屋の大手、トーハンがかんでいるYahoo!ShoppingBooksはセブンイレブンで商品が受け取れる。
会社に軟禁状態だが、朝散歩でだいぶ脳が爽快になっている。
アントアクアリウムはここで買えたりする

犬鍋

新宿で食べられる場所、既に3つ把握。
 ……別に食べるつもりはなかったのだが、プラハ土産に貰った中国の缶で「よくわかんないけど、多分豚だと思うから食べてみてよ」といわれたものがあったのだが、今思うと犬(狗肉)。鍋は食べていないけど既に犬缶は、知らずのうちに誤って食べてしまいました。涙。
 
きょうは会社から自宅まで早朝散歩。早朝はあんな街でも実に爽やかだ。デジカメと三脚とカメラケースを買う。
中堅社員の腕を見るため、部下に担当させた媒体の1つが明後日制作ラストなのに進捗率15%なのであせりまくり。メンバー放置しておいたのがよくなかったか。

きのう大久保中を歩いたら体調がよかったので

 とりあえず毎日歩くことにした。頭に血が回ったり体の代謝がよくなってくれたほうが、脳も冴えるし、適度に疲れてたほうが眠りも深くなるからだ。きょうは朝5時に起きて戸山公園を、箱根山経由で早稲田エリアまで歩いた。でも早稲田で疲れきったので、バスに乗って新宿まで帰り仮眠。それでも朝10時には仕事に出れて、脳もすっきり体の調子もよいので、これからは起きぬけに40分くらい散歩して二度寝(早い昼寝)パターンで行こうかと思う。普通は運動した後に寝ないんだけど、仕事が忙しくて運動慣れしていないからしょうがないのだ。

迷うモンゴル少女

 早朝、職安通り(西武新宿駅北口界隈)の富士そばでカレーうどんを食べて、ドン・キホーテの前を仮眠用に2万5千円のマニフレックスを買うべきかどうか歩きながら悩んでいると、後ろから来た少々大柄な女子に道を尋ねられた。「新宿御苑前まで行きたいんですが…」
 御苑まではまっすぐな道がないので、途中まで案内しようと思った。話を聞くと、モンゴル出身で、「日本の経済が発展しているでしょう、それを知りたくて…」ということで、日本に来て1年少々となるそうだ。
 流暢な日本語がしゃべれるので目的地まで行けそうなものだが、交番で聞いた道とまったく違う方向を歩いていたらしい。(御苑前と職安通りじゃえらい違いだ。)普段は丸の内線で来るのだが、池袋からだと大回りなので、山手線で行こうということになったらしい。
 「JRで来たとき東口って出たところに表示ありますか?」と聞かれて、JR新宿駅は巨大すぎて大変だろうなぁと思った。確かに改札までは「東口」とは書いてあるだろうが、出てもなんでもかんでも「東口」と書いてあるわけでもないし、どこだかよくわかんないだろう。
 石原都知事も他国の人の怒りを買う発言なんかしている間に、もう少し分かりやすい都市表示板の整備をしたほうがいい。

Gの食える人

「人の気を引きたくて、ゴキブリ(以下G)喰っちゃうんですよ」
 早朝のファミレスにやってきた、20歳そこそこの学生はいきなりそう言った。
 よくB級実話誌に「G食った」人の話が出ているが、「テレビジョッキー」でG食った人は、やはり病気になったので止めて、今は平穏に暮らし、結婚もしているとのこと(取材不可だそうだ)。
 しかし、目の前にそういう人がいたら普通引くよな。俺は引かないけど。
 「Gで人の気を引く」って少なくとも、友の気は引けないと思うが、結局そんなことにアイデンティティを見出してしまうのは、今の教育のひずみなんじゃないかなぁ。割と見た目には弱弱しいし。
 その後も、味の話など、細かい話が続いた。
 本人も病気の危険をよくわかってるのか、内臓は取ってから喰うそうだが、ある意味自傷行為と同じ印象を受けた。少し壊れた彼が、これからちゃんと結婚できるのかどうか非常に心配だ。「お前、物を作る側に回らないほうがいいんじゃないの?」とかいう話をみんなにされていた。俺は回ってもいいと思ったが、(そんな趣味を言えば)作家が引くだろうし、マニアなメディアにしても、受け入れられる数かというとかなり怪しい。たしかに大衆性の要求されるものは作れないかもしれないな。
 本人も精神的な弱さでこうなっていることは自覚しているらしく、鍛えており、がんばって精神を強くする努力をしているという。
 いやまさかこんな近くにそんな人がいるとは。

2丁目で紙焼肉

 新宿2丁目はおかまの街かと思えば、20店には満たないかもしれないが、ノンケ(=その気のない人)な店もある。
 もう数年前になるが、深夜、某不良雑誌の編集者に連れられて2丁目に出た先は「焼肉屋」であった。いわゆる炭で焼くスタイルのお店で、オープンエア(路上だ)で焼肉することができる開放的なところであった。これも車がほとんど入ってこない2丁目の裏通りだからできることだろう。「僕はノンケなんですよ」という店長は「ごめんなさい炭切れちゃったんですよ」という。そして、チラシを持ってきた。
 チラシに火をつけて我々は「紙で焼く焼肉」を初体験した。紙の量を調節すれば火力はなんとかなる。しかし問題は、紙が灰になって肉にくっつくことだ。それでもオープンエアの開放感か、「うめぇ」「うめぇ」を連発して、紙を補給しながら、朝まで焼き、飲み続けていた。気がつけば朝10時で、外ではキャッチボールが行われていた。みんなはいつまでも笑っていた。
 2丁目は朝、いやなかには昼までやっている飲み屋もあるせいか、時間を忘れる。ここは、日本でも有数のゲイタウンという一面はあるが、それが精神的城壁のようになっていて中は安心に満ちている(ホモに襲われる危険はあるが)。羊水の中で自由が守られている感じがする。この街に魅せられているノンケの男女も数多い。
 ここはなんでもありな世界ではあるが、基本的に本音の世界であり、かつ「一般に流れている時間」とはあまりにも違う時間が流れているのだ。
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ホットペッパー

新宿にあった名喫茶スカラ座

 ひっそりと新宿からすがたを消したツタの葉だらけのレンガの建物。スカラ座は、その古い佇まいのために、誰もがそこにあることを知りつつも通り過ぎ、21世紀(2002年12月)には閉店へと追い込まれた名曲喫茶だ。
 無くなると聞いて、その閉店間際の日、ネットで同じ情報をキャッチした無面識のザーメンなんとかさんという人と一緒に行った。
 雰囲気があり、内装も素晴らしく、時代が止まっているかのようだ。入り口際からは、階段で上に上がるようになっている多層構造。しかもメイドさんみたいな格好の給仕の人がたくさんいる。この喫茶店を利用しなかったことが惜しまれた。窓からは、ぼーっと「ヘルス11ちゃんねる」とその脇の公園が見えていた。「ヘルスを見ながらお茶飲むって変ですね」と思った。ここは軽い酒も飲めたんだよね。ああ、昔から知ってればよかったなぁというお店であり実に勿体無い。。ココアを飲み干すと、空が真っ黒の歌舞伎町の街へと出て、感傷に浸った。別に店に思い出はないが、この周りには思い出がたくさんあるのだ。
 その日は、現在「世界の山ちゃん」へとスペースが転生した「ととや(倒産)」で飲んで、家に帰った。あのお店も「隠れ家」的でよかったよなぁ。
新宿は思い出をきっちりと覚えてないと、「ここ何があったっけ?」と忘れてしまう空間だ。だから自分はBlogで最低限の情報を残しておこうと思ってこのサイトをやっている。
 
 その後、閉店した「スカラ座」はしばらくし、その建物自体が壊される。後日、実に明るい建物がたった。その建物が大阪から奇跡的に良いスペースへと進出できた「ラーメンかむくら」であることは言うまでもない。

<リンク>
「日曜研究家」串間努がレポートしている。写真豊富

西口で復活したようだ。
http://www.odakyu-ace.jp/shop/index.jsp?bf=1&fmt=6&shopid=11

新宿にあった名喫茶スカラ座

 ひっそりと新宿からすがたを消したツタの葉だらけのレンガの建物。スカラ座は、その古い佇まいのために、誰もがそこにあることを知りつつも通り過ぎ、21世紀(2002年12月)には閉店へと追い込まれた名曲喫茶だ。
 無くなると聞いて、その閉店間際の日、ネットで同じ情報をキャッチした無面識のザーメンなんとかさんという人と一緒に行った。
 雰囲気があり、内装も素晴らしく、時代が止まっているかのようだ。入り口際からは、階段で上に上がるようになっている多層構造。しかもメイドさんみたいな格好の給仕の人がたくさんいる。この喫茶店を利用しなかったことが惜しまれた。窓からは、ぼーっと「ヘルス11ちゃんねる」とその脇の公園が見えていた。「ヘルスを見ながらお茶飲むって変ですね」と思った。ここは軽い酒も飲めたんだよね。ああ、昔から知ってればよかったなぁというお店であり実に勿体無い。。ココアを飲み干すと、空が真っ黒の歌舞伎町の街へと出て、感傷に浸った。別に店に思い出はないが、この周りには思い出がたくさんあるのだ。
 その日は、現在「世界の山ちゃん」へとスペースが転生した「ととや(倒産)」で飲んで、家に帰った。あのお店も「隠れ家」的でよかったよなぁ。
新宿は思い出をきっちりと覚えてないと、「ここ何があったっけ?」と忘れてしまう空間だ。だから自分はBlogで最低限の情報を残しておこうと思ってこのサイトをやっている。
 
 その後、閉店した「スカラ座」はしばらくし、その建物自体が壊される。後日、実に明るい建物がたった。その建物が大阪から奇跡的に良いスペースへと進出できた「ラーメンかむくら」であることは言うまでもない。
<リンク>
「日曜研究家」串間努がレポートしている。写真豊富

歌舞伎町の中のUSA

※もうないので券は使えませんよ
 歌舞伎町で「USA」といえばもちろんアメリカのことではなく、老舗のヘルスだった。まあもう1店「クリスUSA」というところがあるが、それとは別のお店。「だった」というのは、(USAのほうは)今ではまったく店名の違う店舗になってしまったので過去形なのである(現在のかむくらの左のビルの地下にあった)。青年だったころは心痛めるとこのお店へとせっせと通っていたものである。USAは優良店・多摩クリスタル等と同じ系列で、古くからよくTVに出たり雑誌に掲載されていたので元々ぼったくられたりしないお店だということはわかっていた。このお店の特徴は、マジックミラーが設置されていて、中に待機している女の子を見て選べるという、相手に知られない置屋みたいな構造になっていること。1回目と2回目で全然違う人を指名しても、相手にはわからないという仕組みで、子供心に(年齢的には大人だが)よく考えられているなぁ、やはり80年代風俗から生き残ってるお店は発想が面白いと思ってしまった。80年代風俗というのは非常に気が狂っていてパワーがあった。東京性などの写真集や絶版文庫本の東京デカメロン、街中の古本屋にある「写真時代」を見るとよくわかると思う。
 元々生真面目だった自分がなぜここに若い頃(15年くらい前)通ってしまったかというと、その頃エロ本編集になってしまったため、毎日毎日性器の見えた写真を見ながら20時間近くグラビアを組んでいる状態だと飯場の労働者みたいなもので、早朝には単純に性欲がわいてくるということもある。またもう1つ、当時自分には「エロの素養」が少なかったので、教育の一環として上司からできるだけ性的な現場に触れることを望まれていたのだ。当時街はAIDSパニックの頃だったのであまり風俗店には行きたくなかったのだが、USAはそれ以前から「コンドーム使用の店」であった(その頃は他店もそうしていたが、ほとんどがAIDSのほとぼりが冷めると「生」に戻ってしまったが、ここは固持し続けた。コンドーム代を女子から高い値段で天引きしていたからそれをやめたくなかったのが理由ではないか?)。
 当時自分は快楽よりも「安全」な風俗に行きたかったので、どうにもここが性に合ってしまったのだ。勿論、たまたま当たった女の子が非常に生真面目な人で、僕は細かい家庭のことは聞かなかったが、早朝から「パン屋に勤めてると嘘ついて」仕事しているという学生の子だったということもある。親孝行なことに、かなりのお金を家に入れているらしい。自分は「編集者さん」と呼ばれ、徹夜の時は風呂代わりに髪を洗ってもらったりして結構楽しかった。だからといってさめていた私は擬似恋愛にもならず、客と風俗嬢の距離感を持ったまま、たまにお世話になっていた。
 早番の子でも自宅から来る子は、わりと真面目な子が多い。当たり前だ、朝5時半に新宿に通ってくるんだから。歌舞伎町界隈はその頃も公私ともに入り浸っていたが、USA前で好きだった友達が歌舞伎町のホテルからカップルで帰ってく姿を見て傷心したり、マック前で会ったヤク中の大阪・自称ム所帰り大物東北ヤクザ娘の女の子が宿がないというのでホテルKENTを世話してやり、いろんな妄想話を聞かされたり、いろんなことがあった。
 しかしそんなお店にも通わなくなる日がやってきた。相手がだんだん喉が枯れてきて、声が出なくなってきたのだ。痛々しくなってきたがそれでも彼女は仕事を続けていたので、ある日こちらのほうが「今日でもう来ない」と宣言をせざるを得なかったのだ。仕事を続けていることが少なくとも一因だし、その状態から彼女が逃れてほしいとも思ったからである。それから数年、その近辺にはいかなかった。
 しばらくして(何年か経って)から、USAは個性を出すため&人件費を安くするため?白人など「外国人」比率を以前よりも大幅に高める路線になっていたが、まだその子が居ることがわかった。普通、風俗嬢どうしではいくらか友達が出来たりするものだが、外国人の中で会話も出来ずに黙々と待つ彼女の芯の強さには頭が下がるばかりだった。しかし今更客としてついて何を言うということでもないしそれも自分的に気持ち悪いので、彼女の幸せだけを祈ってその場を立ち去った。
 さすがに15年近く経った今、まだ同じことはしていないと思うが(今は人妻風俗とかあるので30代でも働けたりするのが怖い)、蓄財したお金を有効に生かし、きっと東京のどこかで誰かと幸せになっていることだろう。そしてこちらはというと、……ぜんぜん幸せになってなかったりするが、日々平穏なのでそれでよしとせざるを得ないだろう。